国鉄全盛期の貨車たち10 国鉄ワム60000 前期型/後期型
税込み価格、¥50.600、急行便マーク入り¥51.700、管理局マーク入り¥53.900、コンプレッサー搭載車¥57.750

前期型、後期型共に各ドアーストッパーの標準位置と高い位置を作り分けています。急行便マーク車、そして日本各地の管理局名の入った配給代用をできる限り製品化致しました。
ワム60000前期型

ワム6000前期型、標準ドアストッパー位置。

ワム6000前期型、ドアストッパー位置高い。

金沢局の金という文字が変わった特殊な字体です。松任工場も普通の字体ではありません。松任駅常備の駅の文字も下の郡山駅常備の駅の字体と異なります。

大鉄局の大の文字に特徴がありますが高砂工場の字体も普通ではありません。

ヤ400、信号機器専用の文字は作成するのにかなり大変でした。北局の北の字体もヤ401とは字体が異なり泣けてきます。

大鉄局の大の文字の下の黒い部分に安治川駅常備が入ります。

天王寺局の天が特殊な字体になります。コンプレッサー積載の積載の字体も手で書いたように見えます。亀山駅の山も変ですね。妻面にもベンチレーターがあります。当然妻面にはリブがあるので金型を作ってベンチレーターが入る部分を抜くと金型代がいくらになるか分かりません。でアートホビーズの崔社長が糸鋸で抜く事になりました。

13輌作りました。その為にロストワックスパーツの原型とレタリングの原図を起こしています。相当のもの好きです。
以下ワム60000後期型

ドアストッパー位置低い(標準?)。

同じく。ただし自重の値、検査票記等のレタリングが異なります。

ドアストッパー位置高い。

ドアストッパー位置、右(低い)左(高い)。

国鉄の急行小口扱い列車用として急行便マークを取り付け1965年の同サービス終了まで使用されるも、その後もちゃっかりと一般貨物列車に1輌挟まって使用されていました。


東京北局の大宮操駅常備の配給代用車は3つのナンバーを用意しました。大宮操駅常備の字体も良くご覧になってください。

北海道札幌局のワム66172は保存されていますがレタリングてんこ盛りで困ります。

山陰からは米子局、西鳥取駅常備。皆普通の字体とは異なります。DD54やDD51牽引の貨物列車に混ぜると最高。

長野の局名の長と長野工場、長野駅常備の字体が異なります。長野駅常備の字体は左から右に向かって文字が大きくなっていきます。

北海道から九州へ鹿児島局へまいりました。側面に鹿児島車両管理所配給車代用の文字がギリギリ入ります。鹿の文字はぜひ製品に入れたいと考えていました。最後にワム60000荷重は全て5tですが自重は様々です。結構大変です。

下回りディテールも真鍮製手作り製品として忠実に再現しています。、
国鉄では戦後の荒廃から立ち直るため古い老朽化した貨車の置き換えと増大した貨物輸送に対応するため戦前から引き続きワム23000やワム23000を短軸にしたワム20000(昭和21年)が製造されます。昭和28年からはワム23000を2段リンクに改造の上ワム90000とし、更にワム90000の新造車やトキ900からの改造車も含めて製造されることで合計19000輌と一大勢力となっています。昭和33年(1958)には一般用有蓋車でパレット使用によるフォークリフトの作業の便を計った両開き式ドアの新形式ワム70000(5710輌)が登場。更に入口幅を2.7mに各拡大、各所にプレス物を使用の上、材料、工数の節約を計った全溶接製のワム60000(8580輌)が昭和36年(1961)に登場しています。そして昭和37年(1962)から41年にかけて17,367輌(ワラ1、ワラ2、ワラ100~174674)が製造されたワラ1形はワム60000形を基に車体を2軸車の最大限度まで拡大、大型化。2トンの増積とし形式もワムから国鉄初の形式ワラとなった。
税込み価格、¥50.600、急行便マーク入り¥51.700、管理局マーク入り¥53.900、コンプレッサー搭載車¥57.750
前期型、後期型共に各ドアーストッパーの標準位置と高い位置を作り分けています。急行便マーク車、そして日本各地の管理局名の入った配給代用をできる限り製品化致しました。
ワム60000前期型
ワム6000前期型、標準ドアストッパー位置。
ワム6000前期型、ドアストッパー位置高い。
金沢局の金という文字が変わった特殊な字体です。松任工場も普通の字体ではありません。松任駅常備の駅の文字も下の郡山駅常備の駅の字体と異なります。
大鉄局の大の文字に特徴がありますが高砂工場の字体も普通ではありません。
ヤ400、信号機器専用の文字は作成するのにかなり大変でした。北局の北の字体もヤ401とは字体が異なり泣けてきます。
大鉄局の大の文字の下の黒い部分に安治川駅常備が入ります。
天王寺局の天が特殊な字体になります。コンプレッサー積載の積載の字体も手で書いたように見えます。亀山駅の山も変ですね。妻面にもベンチレーターがあります。当然妻面にはリブがあるので金型を作ってベンチレーターが入る部分を抜くと金型代がいくらになるか分かりません。でアートホビーズの崔社長が糸鋸で抜く事になりました。
13輌作りました。その為にロストワックスパーツの原型とレタリングの原図を起こしています。相当のもの好きです。
以下ワム60000後期型
ドアストッパー位置低い(標準?)。
同じく。ただし自重の値、検査票記等のレタリングが異なります。
ドアストッパー位置高い。
ドアストッパー位置、右(低い)左(高い)。
国鉄の急行小口扱い列車用として急行便マークを取り付け1965年の同サービス終了まで使用されるも、その後もちゃっかりと一般貨物列車に1輌挟まって使用されていました。
東京北局の大宮操駅常備の配給代用車は3つのナンバーを用意しました。大宮操駅常備の字体も良くご覧になってください。
北海道札幌局のワム66172は保存されていますがレタリングてんこ盛りで困ります。
山陰からは米子局、西鳥取駅常備。皆普通の字体とは異なります。DD54やDD51牽引の貨物列車に混ぜると最高。
長野の局名の長と長野工場、長野駅常備の字体が異なります。長野駅常備の字体は左から右に向かって文字が大きくなっていきます。
北海道から九州へ鹿児島局へまいりました。側面に鹿児島車両管理所配給車代用の文字がギリギリ入ります。鹿の文字はぜひ製品に入れたいと考えていました。最後にワム60000荷重は全て5tですが自重は様々です。結構大変です。
下回りディテールも真鍮製手作り製品として忠実に再現しています。、
国鉄では戦後の荒廃から立ち直るため古い老朽化した貨車の置き換えと増大した貨物輸送に対応するため戦前から引き続きワム23000やワム23000を短軸にしたワム20000(昭和21年)が製造されます。昭和28年からはワム23000を2段リンクに改造の上ワム90000とし、更にワム90000の新造車やトキ900からの改造車も含めて製造されることで合計19000輌と一大勢力となっています。昭和33年(1958)には一般用有蓋車でパレット使用によるフォークリフトの作業の便を計った両開き式ドアの新形式ワム70000(5710輌)が登場。更に入口幅を2.7mに各拡大、各所にプレス物を使用の上、材料、工数の節約を計った全溶接製のワム60000(8580輌)が昭和36年(1961)に登場しています。そして昭和37年(1962)から41年にかけて17,367輌(ワラ1、ワラ2、ワラ100~174674)が製造されたワラ1形はワム60000形を基に車体を2軸車の最大限度まで拡大、大型化。2トンの増積とし形式もワムから国鉄初の形式ワラとなった。

