国鉄 ED78 模型化についてのプランニング。

ムサシノモデルではEF62,EF15,ED17とサンプルモデルが完成されている形式を長い時間をかけて製品化してまいりました。サンプルモデルを製作するには大きな投資が必要です。例えばED78の場合、実機の取材の為にメーカーのATM社も韓国から来日。実機図面や文献の収集。模型化図面の作図、これは下請け工場に出す部品図まで含めると膨大な量の設計図面が必要になります。その後多くの金型が製作されATM社でサンプルモデルが組み立てられます。ATM社にはサンプルモデルを組み立てる腕っこきのメンバーが二人いますがサンプルモデルはこのどちらかの一人が組み上げます。いずれにしてもサンプルモデルの製作には300万以上の資金の投資が必要になります。模型製作にはとんでもないお金が掛かります。振り返って日本は情けないことに列島丸ごと5割引きのドン・キホーテ状況ですね。

その様な事もありED78は兎に角製品化しなければなりません。私たちの仕事はメーカー共々何時ダメになっても不思議でない状況です。如何に生き残るか常にあらゆることを想定しています。

以下は身体を壊してしまい今は仕事を離れている私の弟が6年前に作った国鉄 ED78 模型化についてのプランニングです。
1a.国鉄 EⅮ78 901号機 1972年~(KE72Hジャンパ付き、2エンド栓収め設置)
車体長が17600㎜で1~9号機より300㎜(1/80で3.75mm)短い。車体側面のベンチレータの間隔が等間隔になります。正面車体ステップの
幅 は 両端の誘導手摺までと1次車に較べ幅が狭い。デフロスター無し 、測窓はHゴム支持の姿で再現、電磁ブレーキジャンパー栓KE72Hが付い
た姿、パンタグラフバネカバーは丸形タイプを装着、
区名札「福」 (PPで「仙」)
1b.国鉄 ED78 901号機 国鉄時代末期の姿 1985年~ヘッドマーク掛け装着
測窓アルミサッシ窓改造後、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、区名札「福」(PP「仙」)
2a.国鉄 ED78 1~9号機(1,2,4, 7) 登場時 1968(昭和43)年登場時 防護柵付き
KE72Hジャンパ栓無し、2エンドジャンパ連結器栓受け無し、正面窓デフロスター付き、測窓Hゴム窓、区名札は「福」
2b.国鉄 ED78 1~9号機(6,7,8) 1次型 1978年~ 奥羽本線50系レッドトレイン牽引(あけぼの)(測窓Hゴム支持の姿) 前面に通風口がある1~9号機の1次型で再現、デフロスター付き、 1985年以前のヘッドマーク掛けが無いタイプで再現、 側面窓はHゴム支持の
姿で再現、電磁ブレーキジャンパー栓KE72Hが付いた姿、パンタグラフバネカバーは号機によって丸形と角形タイプを装着 、区名札は「福」
(PPで「仙」)
2号機のみ床下の第5・7次高周波用誘導障害防止用フィルタが使用停止になり、試験用にそれらを撤去しそのままの姿で使用された(2号機のみ
下廻り違うので製作しない)
2c.国鉄 ED78 1~9号機(1, 4, 6, 8) 1次型 国鉄時代末期の姿 1985年~ (測窓アルミサッシ窓 ヘッドマーク掛け装着)
デフロスター無し、測窓アルミサッシ窓、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、区名札「福」(PP「仙」)
2d.国鉄 ED78 1~9号機(3, 5, 9) 国鉄時代末期の姿 1985年~(測窓Hゴム支持 ヘッドマーク掛け装着)3,5,9号機のみ最後まで
測 窓 Hゴム窓のまま
デフロスター無し、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、 区名札「福」(PP「仙」)
2Ja.JR東 ED78 1~9号機(3, 6,9)(901,1は1986(昭和61)年2月~1987(昭和62)年2月にかけて廃 車)1987年以降、板谷 峠がお役御免となった1991年(平成3)年8月25日まで
デフロスター無、碍子は白色で再現、屋根モニター上に列車無線アンテナを設置、区名札「福」(PP「仙」)
2Jb.JR東 ED78 1~9号機(4, 7,8)(1993(平成5)年9月~1999年 仙台電車区に転属後 JR最晩年
デフロスター無、測ドア乗務員室と表示(仙)、碍子は白色で再現、屋上モニター屋根に列車無線アンテナを設置、区名札「仙」(P P「福」)
3a.国鉄 ED78 10,11号機 登場時 1972(昭和47)年に仙山線の交流機の置き換えとして増備、正面車体ステップを標識灯下部まで 幅を短縮 。非公式側 1・3位側の中間台車付近にブレーキ関連装置を収納する保温箱2個を新設、床下の景観が大きく変化した。
以後の12,13 号機も同 様。なお10~13号機は初めて模型化されます。
正面の運転室ガラスを熱線入りガラスとしてデフロスター廃止、測窓はHゴム窓、防護柵撤去、スカートは1971(昭和46)年以降の電磁ブレーキジャ ンパー栓KE72Hが付いた姿で再現。パンタグラフバネカバーは10丸形タイプを装着、11角形タイプ、区名札「仙」(PP「福」)
電磁ブレーキジャンパー栓KE72Hが付いた姿(1971(昭和46)10月~1972(昭和47)年に設置)
3b.国鉄 ED78 10,11号機 国鉄末期の姿 1985年~ ヘッドマーク掛け装着
測窓アルミサッシ窓、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、パンタグラフバネカバーは丸形タイプを装着、区名札「仙」(PP 「福」)、区名札「福」(PPで「仙」)
4a.国鉄 ED78 12,13号機 登場時 あけぼの牽引が24系12連に変わる為増備された 1980(昭和55)年
デフロスター無し、測窓アルミサッシ窓(前部固定、後部引き戸式)、ブロック式ナンバープレートをステンレス板のエッチング処理式とした。
正面飾り帯は鋼製のペンキ塗りとした。(1~11はステンレス) ヘッドマーク掛け無し、電気暖房表示灯は横長の前後2燈式とした。標識灯は外部交 換式で小型化された。 扇風機設置の為正面通風口を廃止、KE72H形ジャンパ連結器を新製時から装備
パンタグラフ支持碍子を絶縁事故防止のため、中空式から中実式として外形を細くして軽量化した。パンタグラフバネカバーは12は丸形タイプ、13は 角形タイプを装着、強化型手歯止め受け、区名札「福」(PP「仙」)
4b.国鉄 ED78 12,13号機 国鉄時代末期の姿 1985年~(ヘッドマーク掛け装着)
ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、区名札「福」(PP「仙」)


ここまでたどり着けるか神のみぞ知るです。
ムサシノモデルではEF62,EF15,ED17とサンプルモデルが完成されている形式を長い時間をかけて製品化してまいりました。サンプルモデルを製作するには大きな投資が必要です。例えばED78の場合、実機の取材の為にメーカーのATM社も韓国から来日。実機図面や文献の収集。模型化図面の作図、これは下請け工場に出す部品図まで含めると膨大な量の設計図面が必要になります。その後多くの金型が製作されATM社でサンプルモデルが組み立てられます。ATM社にはサンプルモデルを組み立てる腕っこきのメンバーが二人いますがサンプルモデルはこのどちらかの一人が組み上げます。いずれにしてもサンプルモデルの製作には300万以上の資金の投資が必要になります。模型製作にはとんでもないお金が掛かります。振り返って日本は情けないことに列島丸ごと5割引きのドン・キホーテ状況ですね。
その様な事もありED78は兎に角製品化しなければなりません。私たちの仕事はメーカー共々何時ダメになっても不思議でない状況です。如何に生き残るか常にあらゆることを想定しています。
以下は身体を壊してしまい今は仕事を離れている私の弟が6年前に作った国鉄 ED78 模型化についてのプランニングです。
1a.国鉄 EⅮ78 901号機 1972年~(KE72Hジャンパ付き、2エンド栓収め設置)
車体長が17600㎜で1~9号機より300㎜(1/80で3.75mm)短い。車体側面のベンチレータの間隔が等間隔になります。正面車体ステップの
幅 は 両端の誘導手摺までと1次車に較べ幅が狭い。デフロスター無し 、測窓はHゴム支持の姿で再現、電磁ブレーキジャンパー栓KE72Hが付い
た姿、パンタグラフバネカバーは丸形タイプを装着、
区名札「福」 (PPで「仙」)
1b.国鉄 ED78 901号機 国鉄時代末期の姿 1985年~ヘッドマーク掛け装着
測窓アルミサッシ窓改造後、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、区名札「福」(PP「仙」)
2a.国鉄 ED78 1~9号機(1,2,4, 7) 登場時 1968(昭和43)年登場時 防護柵付き
KE72Hジャンパ栓無し、2エンドジャンパ連結器栓受け無し、正面窓デフロスター付き、測窓Hゴム窓、区名札は「福」
2b.国鉄 ED78 1~9号機(6,7,8) 1次型 1978年~ 奥羽本線50系レッドトレイン牽引(あけぼの)(測窓Hゴム支持の姿) 前面に通風口がある1~9号機の1次型で再現、デフロスター付き、 1985年以前のヘッドマーク掛けが無いタイプで再現、 側面窓はHゴム支持の
姿で再現、電磁ブレーキジャンパー栓KE72Hが付いた姿、パンタグラフバネカバーは号機によって丸形と角形タイプを装着 、区名札は「福」
(PPで「仙」)
2号機のみ床下の第5・7次高周波用誘導障害防止用フィルタが使用停止になり、試験用にそれらを撤去しそのままの姿で使用された(2号機のみ
下廻り違うので製作しない)
2c.国鉄 ED78 1~9号機(1, 4, 6, 8) 1次型 国鉄時代末期の姿 1985年~ (測窓アルミサッシ窓 ヘッドマーク掛け装着)
デフロスター無し、測窓アルミサッシ窓、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、区名札「福」(PP「仙」)
2d.国鉄 ED78 1~9号機(3, 5, 9) 国鉄時代末期の姿 1985年~(測窓Hゴム支持 ヘッドマーク掛け装着)3,5,9号機のみ最後まで
測 窓 Hゴム窓のまま
デフロスター無し、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、 区名札「福」(PP「仙」)
2Ja.JR東 ED78 1~9号機(3, 6,9)(901,1は1986(昭和61)年2月~1987(昭和62)年2月にかけて廃 車)1987年以降、板谷 峠がお役御免となった1991年(平成3)年8月25日まで
デフロスター無、碍子は白色で再現、屋根モニター上に列車無線アンテナを設置、区名札「福」(PP「仙」)
2Jb.JR東 ED78 1~9号機(4, 7,8)(1993(平成5)年9月~1999年 仙台電車区に転属後 JR最晩年
デフロスター無、測ドア乗務員室と表示(仙)、碍子は白色で再現、屋上モニター屋根に列車無線アンテナを設置、区名札「仙」(P P「福」)
3a.国鉄 ED78 10,11号機 登場時 1972(昭和47)年に仙山線の交流機の置き換えとして増備、正面車体ステップを標識灯下部まで 幅を短縮 。非公式側 1・3位側の中間台車付近にブレーキ関連装置を収納する保温箱2個を新設、床下の景観が大きく変化した。
以後の12,13 号機も同 様。なお10~13号機は初めて模型化されます。
正面の運転室ガラスを熱線入りガラスとしてデフロスター廃止、測窓はHゴム窓、防護柵撤去、スカートは1971(昭和46)年以降の電磁ブレーキジャ ンパー栓KE72Hが付いた姿で再現。パンタグラフバネカバーは10丸形タイプを装着、11角形タイプ、区名札「仙」(PP「福」)
電磁ブレーキジャンパー栓KE72Hが付いた姿(1971(昭和46)10月~1972(昭和47)年に設置)
3b.国鉄 ED78 10,11号機 国鉄末期の姿 1985年~ ヘッドマーク掛け装着
測窓アルミサッシ窓、ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、パンタグラフバネカバーは丸形タイプを装着、区名札「仙」(PP 「福」)、区名札「福」(PPで「仙」)
4a.国鉄 ED78 12,13号機 登場時 あけぼの牽引が24系12連に変わる為増備された 1980(昭和55)年
デフロスター無し、測窓アルミサッシ窓(前部固定、後部引き戸式)、ブロック式ナンバープレートをステンレス板のエッチング処理式とした。
正面飾り帯は鋼製のペンキ塗りとした。(1~11はステンレス) ヘッドマーク掛け無し、電気暖房表示灯は横長の前後2燈式とした。標識灯は外部交 換式で小型化された。 扇風機設置の為正面通風口を廃止、KE72H形ジャンパ連結器を新製時から装備
パンタグラフ支持碍子を絶縁事故防止のため、中空式から中実式として外形を細くして軽量化した。パンタグラフバネカバーは12は丸形タイプ、13は 角形タイプを装着、強化型手歯止め受け、区名札「福」(PP「仙」)
4b.国鉄 ED78 12,13号機 国鉄時代末期の姿 1985年~(ヘッドマーク掛け装着)
ヘッドマーク掛け装着(あけぼのヘッドマーク復活後)、区名札「福」(PP「仙」)
ここまでたどり着けるか神のみぞ知るです。

